1947年, アメリカ合衆国

テキサスシティ大災害

500名以上が犠牲になった貨物船の大爆発事故

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update:2017/12/18 20:03:22
二次爆発で破壊されたWilson B. Keene号

テキサスシティ大災害Texas City Disaster )とは、1947年4月16日アメリカ合衆国テキサス州テキサスシティで発生した貨物船爆発事故。

船舶の火災により、積荷の硝酸アンモニウムに引火、爆発を起こし581人の死者と5000人以上の負傷者が出た。

経緯

テキサスシティ記念公園にある、グランドキャンプ号の錨のひとつ
5階建てだったゴム工場

1947年4月16日の午前8時頃、フランス船籍の貨物船グランドキャンプ号の船内で火災が発生。当初はボヤ程度だったが、積荷の硝酸アンモニウムが放水によって傷むのを恐れた船の関係者が消火活動を拒否したため火勢が強まった。このため港湾労働者の監督が独断で消防署に通報し、近くの石油関連施設の専属の消防隊も加わって消火活動が始まった。

午前8時半から9時にかけて、硝酸アンモニウムの燃焼による黄金色(あるいは黄色かオレンジ色)の「美しい煙」が立ち上り、大勢の野次馬が現場近くへ集まった。

午前9時12分頃、大爆発。爆風と飛び散った鉄板等により野次馬多数が死亡し、爆風と炎は市街地まで波及し、二次災害的に貨物船ハイ・フライヤー号も爆発炎上、最終的に581人が死亡5000人以上が負傷する大惨事となった。

原因とその後

消防士たちの慰霊碑

グランドキャンプ号(蒸気船)の火災原因は不明。消防署への通報が遅れたこと(関係者の拒否、電話が繋がりにくかった)、当日は見晴らしの良い好天であり「美しい煙」が大勢の人々の目に付いたことが災害を深刻なものにした。

行きずりの犠牲者が多く実際の死者数は1000人を超えるとも言われ、負傷者数はいささか少なく3500人ともいわれている。消防関連関係者のうち28名が殉職した。

災害に伴う経済的損失は当時のアメリカの金で1億ドルに及んだ。テキサス州にとって石油産業は重要であり、石油関連施設は真っ先に復旧されたという。