2009年, アメリカ合衆国

コロラド気球事件

少年が乗った気球が行方不明に?

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update:2017/12/20 17:35:24

コロラド気球事件Colorado balloon incident )は、2009年10月15日に、コロラド州フォートコリンズから、6歳のファルコン・ヒーニーが、空飛ぶ円盤型のUFO風に銀色に着色した自家製のヘリウム気球に乗ったまま、一時消息不明となった事件。気球高度1万5000フィート(4,600m)上空に飛ばされたとの情報が伝えられ、世界の注目を集めた。

いくつかの放送局によってファルコンは「Balloon Boy」(気球少年)と呼ばれた。気球はデンバー国際空港の北東19キロあたりの地点に着陸したが、男児の姿はなかった。

当局はデンバー国際空港の利用を一時停止し、コロラド州軍や現地警察のヘリコプターを投入して気球を追跡していた。「気球の飛行中何かが気球から落下した」との報告があったため、少年が気球の中にいないと分かった時、当局は途中で落ちてしまったのではないかと考えた。周囲を懸命に捜索したが、その日の午後遅く彼は自宅にいることが判明した。

それまで普通に「事件」として報道されていたこの出来事は、ヒーニー一家が『ラリー・キング・ライブ』のウルフ・ブリッツアーに取材されている中で、少年が「ショーのためにやった」と答えてしまったことで一変した。この出来事は、少年の父親によって巧妙に計画された売名行為ではないかという憶測が飛び交った。

ラリマー郡保安官であるジム・アルダーデン(Jim Alderden)は、事件から3日後の10月18日の記者会見で、この事件は悪戯であり、両親がいくつかの重罪に関連していると発言した。

事件の背景

ファルコン・ヒーニーの両親であるリチャード・ヒーニーマユミ・ヒーニーは、ハリウッドの俳優学校であるリー・ストラスバーグ劇場映画研究所で出会い、結婚した。

事件当時、リチャード・ヒーニーは、修理屋でありアマチュアの発明家だった。リアリティ番組への出演経験もある彼を、同僚達は「自分の最新の研究を推し進めるためならほとんど何でもやる恥知らずの自己宣伝家」と評した。

ヒーニーは竜巻の”追っかけ”(ストームチェイサー)でもあった。働いていたビルの屋根が嵐で飛ばされた1970年代から活動を始め、オートバイに乗って竜巻の中に突っ込んだり、2005年にハリケーン・ウィルマが起きた時には、飛行機に乗って周囲を飛び回ったりした、と報道されている。

ヒーニー一家は2度、リアリティ番組の『ワイフ・スワップ』(Wife Swap)に登場している(しかも2度目は番組のファンに選ばれて第100回に出演した)。彼はこの番組の中で「人類は宇宙人の子孫であり、いつか手作りの空飛ぶ円盤で台風に突っ込みたい」と語っていた。

「発生の瞬間」とされる映像と通報

2009年10月16日、事件発生の瞬間とされるビデオが流された。リチャードがかごを調べ、家族たちが「3,2,1」と一緒にカウントダウンした後、気球についていたひもが外れる、というものだった。

気球が飛び出した瞬間、一家は悲嘆にくれた叫び声をあげ、「こいつがロープを下ろさなかったんだ!」と叫びながら、リチャードは気球を支えていた木枠を蹴った。

2009年10月18日、保安官は、一家から通報を受けたが電話が切れてしまったことから、ドメスティック・バイオレンスが起きたのかと思った、と当時の状況を話した。

地元関係者は子どもの安否を確認したが、少年が家から出たことを確認できなかった。

ヘリウム気球の飛行

この事件で使われた円盤型の気球は直径20フィート(約6m)、高さは5フィート(約1.5m)あり、ヘリウムで完全に膨らませれば1000立方フィート(28㎥)以上の大きさがあった。

気球が飛び立ったフォート・コリンズは海抜5,000フィート (1,500m)の地域にあり、気球は7,500から8,000フィート(2,300から2,400m)ほどの高さのところまで飛んでいたことになる。

気球はアダムズ郡からウェルド郡まで60マイル(約96km)ほどの距離を90分間飛んだあと、デンバー国際空港から南東に19kmほど離れたところにあるキーンズバーグに着陸した。騒動のさなか、デンバー国際空港への離着陸は一時的に中断された。

探索と発見

アメリカコロラド州の位置
コロラド州ラリマー群の位置

着陸した気球は、ヘリコプターに発見された。着陸時の損傷などは無かったが、発見された気球にファルコンは乗っていなかった。

当初、当局は飛行中にファルコンが落ちたのではないかと推測した。ウェルド郡の保安官は、気球の扉に鍵がかかっていなかったと証言していた。またある保安官の代理人は、プラッターヴィル近くで何かが気球から落ちたのを見たことを話し、気球から黒い点が落ちる瞬間の写真を見て、少年か気球の部品のどちらかが落ちたと考えたことを証言した。

コロラド州当局は少年を探し、コロラド州兵も、UH-60 ブラックホークOH-58 カイオワを用いて探索に協力した。 なお、この際かかったヘリコプターを飛ばす費用は14,500USドルだった。

悪戯の主張と犯罪捜査

すでに幾つかのメディは悪戯を疑い始めていたが、一家はCNNの『ラリー・キング・ライブ』に出演する。そして番組中「なぜ君はガレージに隠れていたの?」と質問されたファルコンは、「TVショーのためにやった」と答えた。

この発言により、一家は保安官から詳しく追求される。10月18日、アルダーデン保安官は「この事件は悪ふざけだった」と会見した。

メディアとインターネットの反応

事件は世界中のメディアで報道された。またローカルテレビ局はヘリコプターによるライブ放送で、飛んでいる気球と救助活動を何時間にもわたって報じた。

インターネット上では事件が「バルーン・ボーイ」(balloon boy)と呼ばれ、まだ少年の安否が定かでない内から、ブログやSNSでは事件の憶測やジョーク画像が出回っていた。

バルーン・ボーイ(Balloon boy)は、事件の発生から数時間でGoogleで一番検索されたキーワードとなり、また、トップ40のキーワードのうち34が事件に関連していた。

その後

父親のリチャードには、90日間の服役と罰金47,000ドル、妻のマユミには地域の奉仕活動が課せられ、また4年間の保護観察中は事件を元に金銭を得てはいけないと申し渡された。

しかしリチャードは2010年に『ラリー・キング・ライブ』に出演し、息子が「ショーのためにやった」と発言したのは、日本のテレビ番組の取材班が息子に屋根裏から出てくるところを再現するように依頼したことを指しており、あくまで自分たちは知らなかった、と主張した。それでも罪を認めたのは、妻が国外退去になるのを恐れてのことだと弁明した。ただし、地元警察関係者はこれに対し否定的な発言をしている。

リチャードの行為は虐待であり、妻や子供たちを引き離すべきだという批判の中、一家はフロリダに転居し、リチャードは変わらず発明を続け、自身が出演するミュージックビデオも制作。英語教師の両親の娘として日本で生まれ育ち、渡米前に一年間高校の教師経験もあるマユミは、学校に通っていない息子たちに勉強を教えた。

バルーン・ボーイとして一躍有名になった三男ファルコンは、2012年に9歳で2人の兄とともに「HEENE BOYZ」というバンドを組み、”世界で最も若いヘヴィメタル・バンド”のキャッチコピーで活動を始めた。デビュー曲は”Chasing Tornadoes(竜巻を追いかけて)”で、バンドのマネージャーは父親が務めている。マユミは日本の大学時代、ガールズ・バンドを組んでいたことがあり、ギターが弾けた。それを知った長男が興味を示したという。