1983年, 日本

東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件

中核派による放火殺人テロ

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update:2017/12/21 22:59:08

東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件は、1983年(昭和58年)6月7日千葉県四街道市で発生した放火殺人テロ事件。

成田空港問題に関連して三里塚芝山連合空港反対同盟北原派を支援する日本の新左翼の一派である中核派が起こした。

概要

1983年6月7日午前3時40分頃、千葉県四街道市の東鉄工業株式会社の作業員宿舎から火の手が上がった。作業員宿舎には社員3人が泊まっており、2人が死亡、1人が負傷した。

事件後、中核派から各報道機関に犯行声明を出したことから、公安警察は中核派による放火殺人テロ事件と断定した。その後の捜査により、犯行に使われたと見られる時限発火装置が発見されている。

東鉄工業は、新東京国際空港公団(現成田国際空港株式会社)からジェット機燃料輸送用のパイプライン建設を請け負っていた。工事期間中は警備員による24時間体制の警備が敷かれていたが、5月31日に工事が完了したため常駐警備が打ち切られていた。

常駐警備解除後も現場では残務整理のため若干名の東鉄工業の社員が宿泊しており、中核派は、その隙を突いた形となった。

影響

成田空港問題から発生した三里塚闘争では既に警察官複数名が殉職していたが、本件は民間人が犠牲になった最初の事件であり、これ以降民間人をも標的とする極左暴力集団によるテロ事件が起きるようになった。

6月18日に、中核派と対立する反対同盟熱田派が「労働者への虐殺糾弾」として本事件を非難する声明を発表した。